“ 三菱一号館美術館 ” ( 丸の内 )
住本 有記の website です。
❤︎ 三菱一号館美術館 …
1894年、日本の近代化を象徴した三菱一号館は、
2010年、三菱一号館美術館として生まれ変わりました。
三菱一号館美術館の元となる建物を作り上げたのは、
鹿鳴館を設計し、「日本の近代建築の父」として知られる
イギリスの建築家、ジョサイア・コンドルです。
煉瓦造の建物内に会社や銀行が入居した、
日本初のオフィスビルであった三菱一号館は、
1968年には老朽化のために解体され、約半世紀後の2010年、
当時の様子をそのままに復元した、現在の三菱一号館美術館が完成しました。
コンドルの原設計に則って、同じ地によみがえりました。
今回の復元に際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の
精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する
詳細な調査が実施されました。また、階段部の手すりの石材など、
保存されていた部材を、一部建物内部に再利用したほか、
意匠や部材だけではなく、その製造方法や建築技術まで忠実に再現されました。
❤︎ 丸の内 …
日本におけるビジネス街の代表格ともいえる丸の内。
明治維新直後は、利用価値のない土地とされ、
見渡す限りの荒れ野が広がっていました。
「三菱ヶ原」と呼ばれた荒れ果てた土地に、
1894年、岩崎は、イギリス人建築家・ジョサイア・コンドルの
設計による「三菱一号館」を建てます。
さらに、一号館を起点として、次々と煉瓦造り、3階建てのオフィス棟を建設。
三菱一号館から三号館、東京商業会議所を総称して「4軒長屋」と呼ばれました。
1911年には、三菱十三号館が完成し、
軒高15メートルで統一された景観が形成されました。
ロンドンのビルに似た煉瓦造り建築であったため、
八重洲町通り(現在の馬場先通り)に出現した赤煉瓦のオフィス街は、
「一丁倫敦(ロンドン)」と呼ばれることとなりました。
近年、丸の内でよく見られるのが、外装を保存し、
内側に高層ビルを建てる「ファサード保存」という手法です。
明治生命館は、1934年築の外観も内部も保存された数少ないビルです。
明治・大正時代の「一丁ロンドン」の雰囲気を伝える赤レンガ建築は、
丸の内に3棟あり、1914年の東京駅、1916年の東京銀行協会ビル、三菱一号館です。
🍽 レストラン “ センチュリーコート丸の内 ” 明治生命館ビル
( 東京・丸の内で、昭和9年より、荘厳な佇まいを守り続ける
明治生命館の地下1階に構えるクラブレストラン。
*『バーマーブル』…
国の重要文化財である明治生命館の地下1階に佇む「マーブル」。
エンパイアステートビルと、ほぼ同時期に建てられた明治生命館は、
当時流行したアールデコのデザインが、内装に多く施されています。
近代的都市生活が誕生した、時代に一世を風靡したアールデコは、
直線的・幾何学的な模様を特徴とします。
店内は、白と黒の大理石を、市松模様に配したフロアが広がり、
重厚な柱が囲むリッチな空間です。
大人で落ち着いたラグジュアリーな店内で、ウィスキーやワイン、
お食事をお楽しみ頂けます。
レストランやバーマーブルは、クラブ会員以外の人達も利用できます。)
📝 丸の内の保存建物が、100年ぐらいなので、
十分、歴史的な建物だと思いました。
私は、丸の内は、丸ビルなど、新しいビルばかりに行くので、
保存建物に行ってみたいです。
三菱一号館美術館は、2024年秋頃まで、修繕工事で、
閉館してますので、オープンしたら行ってみたいです。
明治生命館のバーマーブルは、ゴージャスで、
白黒の市松模様が、ポップで可愛くて、
タイムスリップしたような場所なので、行ってみたいです。
丸の内は、1つの観光地みたいになるので、
写真や動画を撮って、VLOG を作りたいです。
♡ Photo : バーマーブル、三菱一号館美術館、明治生命館
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